日本の歴史に触れられる、沖縄の歴史名所

四度の消失!?首里城

沖縄といえば何を思い浮かべますか?青いきれいな海を思いうかべる方もいると思われますが、それとは対照的な色をしている真っ赤な首里城も有名ですよね。この今の首里城は、現在の姿になるまでになんと4度も消失しています。一度目は1453年に勃発した王位争いの時、二度目は1660年の第10代尚質(しょうしつ)王の失火が原因で焼失、三度目は1709年に起きた火災が原因で、4度目は1945年の太平洋戦争の沖縄戦でアメリカ軍からの砲撃を受け、焼失してしまいました。その後は首里城跡地に琉球大学が建設されましたが、1979年に移転が決まりました。再建活動が進み、今では首里城をはじめとした首里城公園が開園しています。2000年には「首里城跡」として世界遺産にも登録されました。このように、首里城は沖縄の数百年の歴史に深く関わり続けてきました。

戦争の悲惨な過去を知る。ひめゆりの塔

この「ひめゆりの塔」は、太平洋戦争の沖縄戦で亡くなった「ひめゆり学徒隊」の慰霊塔です。ここには沢山の千羽鶴が結納されています。1989年にはひめゆり平和記念資料館が開館しました。ここではひめゆり学徒隊の犠牲者の遺品や遺影が飾られていたり、生存者の手記や従軍の様子が展示されています。最も被害が大きかったとされる第三外科豪が再現されたりもしています。この第三外科豪では80名以上の人が亡くなりました。ひめゆり学徒隊に起こった出来事は数々の小説や映画作品として取り上げられ、今でもこのひめゆりの塔に参拝をする観光客が後を絶ちません。戦争の過酷さがよりわかるところであるので、一度は訪れてみてはどうでしょうか。

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